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平均寿命と健康寿命の差に大きなチャンス

最近、高額な肺がん治療薬『オプジーボ』が話題になっている。我が国で患者数が約10万人といわれる肺がんの特効薬が現れた。喜ばしいことだ。肺がんだけでなく、さまざまながんに効く可能性がある点も特徴で、創薬に貢献した研究者はノーベル医学・生理学賞候補になっていると聞く。

話題になっているのはその薬効だけではなく、その薬価。この薬を使って非小細胞肺がんを治療すると、年間の治療費は約3,500万円にも上るという。進行した肺がん患者5万人がこの薬を使うと、年間の薬価は約1兆7,500億円、医療機関で処方される薬剤費の年間総額を約8.5兆円とすると、その2割にもなる。

オプシーボ

免疫を使ってがん細胞を攻撃する新たな免疫治療薬『オプジーボ』(抗PD-1抗体)
小野薬品工業プレスリリース(2015年12月17日)より
http://www.ono.co.jp/jpnw/PDF/n15_1217.pdf

人の命をお金で測れないとはいえ、「薬で国が滅ぶ」といわれる所以である(ただし、使う患者が増えると薬価は下がるという意見もある)。こうした新しいタイプの薬が他のがん治療にも有効となり、がんで亡くなる人が減ると、平均寿命はさらに伸びる。平均寿命が伸びることは喜ばしい。ただ、これだけ高齢化が進むと、平均寿命だけが伸びても手放しでは喜べない。

男性、約9年、女性、約12年半、この数字はなに?さっと答えられたらシマ研検定は合格である(笑)。もう、おわかりになっている方も多いだろうが、これは最近(2013年)の「平均寿命」と「健康寿命(日常生活に制限のない期間)」の差である。細かくいうと男性は平均寿命が80.21歳に対して健康寿命は71.19歳。その差、9.02年。女性は平均寿命が86.61歳に対して健康寿命は74.21歳。その差は12.40年。

注:平均寿命は厚生労働省「平成25年簡易生命表」、健康寿命は厚生労働科学研究費補助金「健康寿命における将来予測と生活習慣病対策の費用対効果に関する研究」<厚生労働省「厚生科学審議会地域保健健康増進栄養部会資料」(平成26年10月)> 出典:(公財)生命保険文化センターWEBサイトより

平均寿命と健康寿命との差が大きく開けば、さまざまな不自由や苦痛を抱えながら過ごす期間が増え、シニアの生活の質の低下はさけられない。また高度な治療や高価な薬などで医療費や長い期間の介護給付費もおのずから増大することになる。

平均寿命と健康寿命の差を短縮することができれば(ゼロになったらピンピンコロリである)、その差をゼロにすることは難しいにしても「平均寿命の増加分を上回る健康寿命の増加」を達成できれば、なによりシニアの生活は充実し、日本全体からみても医療費や介護給付費が削減され、次世代への負担も少なくて済む。

マクロの眼でみれば、シニアマーケティングにとって「平均寿命と健康寿命の差を短縮する」ことに大きなチャンスがある。国も平成25年度から平成34年度までの国民健康づくり運動を推進するため、健康増進法に基づく「国民の健康の増進の総合的な推進を図るための基本的な方針」として『健康21(第二次)』の運動を提唱している。

その中で健康の増進に関する基本的な方向として、第一に「健康寿命の延伸と健康格差の縮小」、つまり平均寿命と健康寿命の差を短縮することを挙げ、生活習慣の改善や社会環境の整備を謳っている。

では「平均寿命と健康寿命の差を短縮する」にはどんなアプローチがあるか、マーケティング発想で考えてみよう。シニアマーケティングの成功事例としてよく取り上げられる、女性だけの30分フィットネスクラブ『カーブス』。

カーブスは一過性のブームで終わらず、シニア女性の熱い支持を受けてますます会員を増やしている。その理由は「今まで運動とは無縁の女性を顧客にする」マーケティング戦略にある。つまりカーブスは今まで運動とは無縁だったが、ピンピンコロリを願う女性たちへ「運動と筋力の強化」によって寝たきり生活を防ぐという一つの答えを出しているからだ。

幼いころ糖尿病で母親を亡くした米国の創業者が「母のような人を助けたい」という想いが出発点という

幼いころ糖尿病で母親を亡くした米国の創業者が「母のような人を助けたい」という想いが出発点という

「運動と筋力の強化」の方法はフィットネスクラブだけではない。「歩く」ことでも達成できるし、その他の運動もある。そこにカーブスがシニア女性に受け入れられたような戦略があれば、第2のカーブスになり得る。さらに「平均寿命と健康寿命の差を短縮する」という課題解決は身体を動かすことだけではない。

身体を動かす以外にも「生活習慣病の発症予防」のさまざまな手立てがある。そこにもシニアマーケティングの多様な可能性がある。「食」「栄養補助」「学び」…それぞれにまた、ITや新しいテクノロジーによる展開が考えられる。

「食」で考えるならばコンビニで売る「シニア向け弁当」を本気で開発してはどうだろうか。これまでもファミリーマートは『おとなコンビニ研究所』を立ち上げ、シニア層の生活を意識して「小分けの惣菜」や「高級食品」をブランディングする戦略を展開しているが、視点をもっとリアルして生活習慣病の発症予防のための商品開発が必要なのではないか。

これから買い物難民化するシニアにとってコンビニは最後の砦になるかもしれない

これから買い物難民化するシニアにとってコンビニは最後の砦になるかもしれない

現状を見ると、コンビニで売られている弁当はいずれも若い人をターゲットにしたものがほとんど。時折、テレビでコンビニチェーンの弁当開発競争の現場レポートを見かけるが、どのチェーンでも発案、評価しているメンバーにシニアの姿は見えない。シニアの目線で「美味しさ」はもちろん「食べやすさ」も考えたシニア向けの弁当を期待したい。

シニアの生活習慣病の発症予防というニーズに応えた弁当が開発できたら、シニアだけなく、生活習慣病を気にしている若い世代にも受け入れられる可能性は高い。糖質や脂肪を減らしながらも満足感がある弁当を開発してはどうだろうか。脂肪吸収を妨げることができる「トクホ」のお茶とセットするなど、食べ方の提案もあるだろう。

ITや新しいテクノロジーに眼を向けると、スマホの「アプリ」にも大きな可能性がある。最近、団塊の次の世代、1950代生まれのシニアがスマホを活用し始めている。私の周りでもいわゆるガラケーからスマホに乗り換えたという話を耳にする。よく聞いてみると、そのほとんどが「子世代(孫を含む)」とのコミュニケーションのため、『LINE』を始めたという。

そこで「シニアLINE」というようなアプリが開発され、家族とのコミュニケーションはもちろん、シニア同士が安心してコミュニケーションできるようになれば素晴らしい(LINEは便利だがシニアには不安も多い)。その時、「ここまで何歩」というような機能で孫や友人のところに歩く歩数が表示されるなら歩く動機付けになるだろう。

こうした取り組みが実現すれば、2025年には65歳以上の5人に1人、700万人を超えるといわれる認知症患者(厚労省)を減らす防ぐ手立てにもつながるだろう。せっかく長生きしても不自由でつらい老後を過ごさなければならないので「長生きはリスク」という意見さえある。

厚労省はシニアに面と向かって長寿命の問題点を言わないが、『高校生が知っておくべき将来の話』という資料では、はっきりと「実は、長生きも“リスク”?」といっている。
-実は、「長生き」というのも、「障害を負うこと」や「配偶者が若くして亡くなること」と同じく“万が一のリスク”なのです。ギネスにも認定された最高齢者は日本人で116歳(2013年5月現在)。長生きは、本来喜ばしいことですが、長生きした分だけ生活費がかかってしまい、「生活資金が尽きるかもしれない」という意味では“リスク”とも言えます-
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12600000-Seisakutoukatsukan/nennkinn10_1.pdf

「平均寿命と健康寿命の差を短縮する」ための製品やサービスはシニアに歓迎されるだけでなく、長生きが「リスク」といわれないような高齢社会を実現することにもつながる。これはシニアマーケティングの大きなチャンスであり、使命でもあるのではないだろうか。

株式会社日本SPセンター シニアマーケティング研究室 倉内直也