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シニアの旅行でのニーズ(1) 「脳のバリアフリー」

先日、シニアトリオで大分から鹿児島まで5泊6日の温泉巡りにでかけた。3人で200歳を超える高齢ツアー。80代の「黄門さま」と60代の「助さん、格さん」、さながら老々介護の水戸黄門漫遊記である。それぞれ持病を抱えているが、幸い足腰と車の運転はしっかりしている。レンタカーで温泉から温泉へ、約1000キロの気ままな旅行を楽しんできた。

シニア男性だけの旅行には、いつも周りで口うるさくもサポートしてくれる妻や今どきの情報に強い息子、娘もいない。6日間、それぞれが自分以外の2人のシニアの行動をつぶさに観察することで見えた、「旅行」というイベントを超えたシニアのニーズについて、こちらも気ままに記してみたい。

レンタカーで温泉から温泉へ。シニアにとって温泉旅行は何よりの楽しみだ

レンタカーで温泉から温泉へ。シニアにとって温泉旅行は何よりの楽しみだ

探しものはなんですか♪

探しものは何ですか?
見つけにくいものですか?
カバンの中も つくえの中も
探したけれど見つからないのに…

とはシニア世代に懐かしい井上陽水の「夢の中へ」冒頭のフレーズ。今回のシニアトリオ旅行での最大の課題は「失せ物」「忘れ物」をいかになくすか。人は60歳を過ぎると記憶力の老化が進行し、物忘れが次第に多くなる。しかも今回のシニアトリオは、若い時から妻や家族、会社の同僚、後輩の「外部脳」に頼って生きてきた人種である。

そこで旅行前の「作戦会議」(という名の飲み会)で「失せ物」「忘れ物」を防ぐために徹底した『相互確認』を誓い合った。「鍵は持ったか」「薬は飲んだか」「携帯を忘れていないか」…。

シニアへの身体的バリアフリー対応はかなり進んで来ている。しかし、脳的バリアフリー対応はなかなか難しい。加齢により「物忘れ」が最も起こりやすいのは、数分前から数日前までの比較的最近のできごとだそうだ。たとえば誰に会ったか、薬を飲んだか、財布をどこにしまったかなどが思い出せない。

旅行で困るのが切符を買って、しまったところがふとわからなくなるといった「瞬間記憶喪失」。専門用語でいう「注意の持続困難」である。ちなみにプロの現場、介護施設のショートステイサービスなどでは利用者(=高齢者)の「失せ物」「忘れ物」は深刻な問題だ。デジカメでの荷物撮影や徹底した事前・事後チェックを行うなど相当な負担となっていると聞く。

携帯電話を忘れないために

さて、旅行当日、飛行機の搭乗口で待ち合わせたが1人が現れない。シニアの集合は早い。集合時間の30分前に現れることもザラにある。それなのに現れない…。ギリギリになって駆け込んできた。携帯電話を家に置き忘れたことに気づいて取りに戻ったため、乗るはずの電車に乗り遅れたらしい。集合するまでの単独行動では「相互確認」が働かない。いきなり前途多難である。

目的の空港に到着。搭乗券の発券はシステムが複雑でシニアにはハードルが高い

目的の空港に到着。搭乗券の発券はシステムが複雑でシニアにはハードルが高い

では携帯電話(スマホではない)を忘れないようにする、というニーズに対しての答えはあるだろうか。一つは自分の脳を鍛えるアプローチである。もう一つは忘れにくい携帯電話を持つというアプローチである。

一つ目はテレビ番組の紹介で恐縮だが、NHKの「ためしてガッテン」で紹介されていたことを再掲させていただく。
「20歳の人でも80歳の人でも、『ものを覚える能力』の高さはほぼ同じ。物忘れを防ぐには、『思い出す能力』を鍛える必要がある。思い出す能力は『ACC(前帯状皮質)』という脳の内側にある部分が司っている。つまりACCを鍛えれば良いということになる」

脳の中にある『ACC(前帯状皮質)』(Wikipediaより)

脳の中にある『ACC(前帯状皮質)』(Wikipediaより)

「ACC を鍛えるには頭の中で具体的なイメージを持つこと。たとえば、カギをかけることを忘れないためには『実際に自分がキーを手に持ってドアの鍵を閉めているところ』をイメージすることでACC を鍛え、結果的に物忘れが少なくなる」
そういわれれば確かに効果があるような気がする。

二つ目は「忘れにくい携帯」を持つこと。私の提案は携帯の色を彩度の高いものにすることである。実際、私が今使っているのはかなりビビッドな「蜜柑色」である(オレンジではない)。あまり他で見ないが、どこに置いても「浮く」色だ。周りとマッチしないため、一種の違和感があり、気になる。そのことが忘れにくくする効果がある。

シニア向けの携帯電話、とくに男性向けには黒とかシルバーとか周りに馴染む色が多い。女性向けにしてもパステルカラーなど同様の傾向がある。周りに馴染めば馴染むほどその存在がわかりにくくなり、一つ目のアプローチのイメージ想起力も弱くなる。だから携帯は彩度が高く、周りから浮く色にすべきだ。ただ、シニアはあまりポップな色の携帯を持ちづらい。そこで携帯電話メーカーにお願いしたいのが「日本の伝統色」のシリーズから鮮やかな色を選んで出して欲しい。「茜」「浅葱」「翡翠」…これならシニアが持ちやすいし、着物にもよく似合う。

濃い色のテーブルや漆の座卓などの上に置いたとき、黒い携帯は背景と明度差がなく、シニアには見つけにくい

濃い色のテーブルや漆の座卓などの上に置いたとき、黒い携帯は背景と彩度差がなく、シニアには見つけにくい。一方、彩度が高い携帯はよく目立つので置き忘れ防止に効果がある

車のキー紛失恐怖症

さて、空港についてレンタカーでいよいよ出発。みんな重い荷物が苦手なので前日にレンタカーの営業所に宅配便で送っておいた。これなら目的地の空港まで身軽に来られる。帰りはお土産もプラスして最後の宿から自宅に送ってもらった。

さてそのレンタカーである。シニアにとってレンタカーの旅行で、「難儀その1」は車のキーの管理。「難儀その2」はカーナビの操作である。今回のテーマは「物忘れ」だから、「難儀その2」は回を改めるとして、車のキーの管理には旅行中、ずっと気を使った。

最近の車はキーがロックのリモコンも兼ねるので、「キーの閉じ込み」の心配はほとんどなくなった。ただ今回借りた車はキーを差し込むのではなく、近くにキーを置いてスタートボタンを押すタイプ。エンジンを停止したらキーを置いたまま、ロックもせずに車を離れてしまう恐れがあった。実際、何回かそのようなシーンがあり「相互確認」で難を逃れた。

日頃の「パターン」と違う状況になったとき、ついいつものパターンに引きずられて正しいステップを踏みはずしてしまう。「キーを抜く」という動作が抜けるだけで、「キーを持って車外に出る」というパターンが崩れてしまう。シニアはとくにその傾向が強い。逆に最初に、運転が終わってボタンを押したら、キーを自分のショルダーバッグの所定のところに入れる、ということをパターン化しておけば、キーの紛失や探す手間が省ける。

指紋とか網膜の認証で車のキー代わりができるような日が早く来てほしい

指紋とか網膜の認証で車のキー代わりができるような日が早く来てほしい

旅行の目的が温泉巡りなので、頻繁に「立ち寄り湯」に入る。脱いだり、着たりしているうちに万一、鍵をなくしたり、盗られたりしたら旅はそこでストップ、同行の二人にも多大な迷惑をかける事になる。これだけ認証システムが発達してきている時代である、指紋とか網膜で車のキー代わりができればどれほど車の旅が気楽になるだろう。AppleはiPhoneやApple Watchをキー代わりにと考えているようだが、シニアにはかえって負担を増すことになるかもしれない。

シニアは「注意の持続困難」

鍵の管理は車だけではない。立ち寄り湯では貴重品ロッカー、宿についたら部屋の鍵。立ち寄り湯では貴重品ロッカーの鍵が見つからず、浴槽のジェットバスを止めてもらい、地元の入浴客も一緒に大騒ぎして探したら、結局、服を着た本人の腕につけたままになっていた…。まるで昭和の喜劇映画の1シーンではないか。

気の利いた宿は人数分、部屋の鍵を貸してくれる。これだと、各自が好きな時間に、好きなだけ露天風呂や大きな風呂に入れてうれしいが、鍵の紛失の確率が上がる。対策として部屋の中に「所定の位置」を作って欲しい。「キーハンガー」的な物があれば、そこに架けるルーティンでかなり鍵の紛失、探しものが減るように思う。「携帯/スマホ置き場」もあるといい。途中の宿で1人が「携帯電話がない」と言い出し、3人で探して、やっと見つけたこともあった。

これを読んでなんでそんな簡単なことができないのか、なんでそんなことで困るのか…と思う方は幸せである。シニアは「注意の持続」が困難なのである。旅のさまざまなシーンで「忘れない」「失くさない」ための工夫配慮、『脳のバリアフリー』があればシニアの旅の楽しさは一層増すのだが…。

株式会社日本SPセンター シニアマーケティング研究室 倉内直也